そうしてドアを開けて、視界の端に見つけた背中に向かって俺は走りだした。



<はっぴー☆はろうぃん☆>



座りっぱなしだった体を伸ばせば関節がいい具合に鳴って、痛いようなすっきりするような不思議な気分になる。
壁に掛けられた時計を見れば、もうそんなに時間は残っていない。

10月31日、世界会議で訪れた米国は相変わらず晴れていた。
すっきりと空は高くて、白い雲が流れていて、太陽の光は強い。
昼食を込みにした休憩時間は既に終わりかけていて、こんな事なら外に食べに行けば良かった、と少しだけ後悔した。
希望制でデリバリーを頼んで会議室の隣にある部屋で数人で食べたのだが、ここまで青い空は雲が厚く晴天、にあまり縁がない自国では貴重だろう。
どうせ今回は会議が終わればすぐに自国に帰らなくてはいけないし、それならばこの青い空の下を少しでも歩いておけばよかった。

そう思って窓の外を眺めながら、なかなかに気に入っているソファーに身を沈める。
会議の時間に合わせてフライトを経験した体はやはり疲れているようで、柔らかい感触に包まれてしまえばうとうとと心地いい揺れがやって来た。
それでも午後からも会議は続くのだから、少なくともあと15分でこの部屋を出なくてはいけない。

目を閉じれば耳鳴りにも似た静寂があたりに満ちているのが分かる。
ここは会議室と同じフロアにあるけれど、場所が少し離れているからいつも殆ど誰も来な場所だった。
辺りには買ってきて一口だけ飲んだカップの紅茶の香料が混じった匂いが漂っている。
キーンと言う耳の置くから流れ出る音、もっと集中すればさわさわと窓の外で風と植えられた木が戯れている音が聞こえた。

幾度と無く会議の場所は変わったけれど、ここはその中でも断然お気に入りの場所で、来ればつい気が抜けてしまう。

眠ってはいけないのに、ふわふわと意識が落ちて行く感覚がする。
白い波、黒い波、時折赤くて空の色が見えた気がした。
閉ざされた視界には音が柄を持って訪れる。
誰かが廊下を忙しなく走っている音、ドアを開ける音、閉める音、また走り出す。
ここの廊下は厚手の絨毯が敷かれているはずなのに、バタバタとはっきり聞こえる音に苦笑した。
こんな騒がしいのは一人しか知らない。

音が近づいて来る。
隣の部屋のドアが開く音がして、暫く間があって大きな音でもって閉められた。
この足音は何かを探しているのかもしれない、と思う。

空気が揺れる。
誰かがドアノブに手をかけた音、ガチャリとドアノブが音を立てて・・・・起きなくてはいけないと思う。
こんな姿を見せてはいけないと思うのに体は妙に重くて、未だに穏やかな波の上を彷徨っているようだった。
ドアが開く音を聞いて、その奥に誰かの気配を感じる。
息を呑む音が聞こえて、さっきよりもかなり静かな足音が絨毯に吸い込まれて消えながら、それでも近づいて来る気配には馴染みがあった。
窓の方を向いているからドアからはきっと頭くらいしか見えていないはずなのに、
視界が閉ざされているせいでその気配が喜々としている様が分かる。

覗き込まれる気配、そろそろ目を開かないとヤバい。
休憩時間が終わるまでそんなに無かったはずだから、そろそろ目を開けて、体を起こして会議室に向かわないと・・・・・。
そう思って体に力を込めようとした時。

「Trick or Treat!!」

元気な声が耳に飛び込んできて、反射的に目を開けた。
久しぶりの色が付いた世界で最初に見たのは、空の蒼。
あっ、と思う前にその色が閉ざされて。

「君さ、紅茶飲むならストレートじゃなくてもっと甘いの飲みなよ」

そんな声が聞こえた。
唇に確かに残る感触に、顔が熱くなるのが分かる。

「うっ・・・・うるせーばか!!そんなの俺の勝手だろ!!しかもいきなりなんなんだよ!」

思わず肘掛に体重を預けながら見上げれば、にやりと口元を歪めたアメリカが人差し指を立てた。

「本当にバカだなぁイギリス。今日はなんだい?ハロウィンだよ!
お菓子がなければ悪戯されたって誰も文句は言えないさ!!」

悪戯が成功した子供の顔でそう言ったアメリカが、もう一度顔を近づけて来たから手元にあった資料でその顔を押し返した。

「菓子だったら作ってきたスコーンが会議室の机にーーーー」

「あっはっはっは、そんなのいらないよ!」

言い終わる前に否定されて、ぎゅっと唇を噛み締める。
どうせ俺の作ったものはマズいさ・・・・そんな事は言われなくても知ってるよちくしょー。
思わずそんな事を考えているとアメリカの長い指が資料を除けて、俺の唇に触れた。

「イギリス、唇切れちゃうよ。それに最初から俺が欲しかったのはこっちだったしね。
君のクソ不味いスコーンは今度また君ん家に押しかけた時にでも頂くよ。クロッテッドクリームとジャムをたっぷりつけてね」

押しかけるって自分で言うなよ、とかそれはスコーンじゃなくてクリームとジャムを食べてるんじゃあ、とか
そんなんだからメタボるんだぞお前、とか色々言いたかったけれど、触れて来た指があまりに優しいから何も言えなくなる。

「じゃあ俺は議長国だからね、そろそろ行くよ!悪戯の続きは今度するんだぞ!!」

無邪気な声でそう言って慌ただしく出て行く背中を呆然と見送る。

「しねーよバカっ!!」

思わず叫んだ言葉も、バタバタと煩い足音に掻き消された。
どうやったらあんな足音になるんだ、やっぱ体重すげぇのかな、なんて考えていたら

「あの・・・・」

と控えめな声が聞こえる。
恐る恐る声のした方に視線を向ければ・・・・・生ぬるい笑顔を貼り付けた日本が立っていた。

・・・・・・・。


「・・・・日本・・・・・えっと、お前いつから・・・・そこにいた・・・・?」

そう聞けば、日本は少しだけ困ったように眉を下げる。

「実は、アメリカさんにイギリスさんを探すのを手伝うように頼まれまして・・・・まぁ・・・・アメリカさんと一緒に・・・・」

ダメだ、死にたい。
本気で死にたいと思った。
むしろ国なんだから滅びたい?
いやいや、それは困るだろう。
陛下だって国民だって大事だ・・・・俺は個人的に死にたい・・・・そんな事って出来るんだろうか。
そんな考えに飛躍していると、やはり困ったように笑う日本が覗き込んで来る。

「えっと、その・・・・私の事はあまりお気になさらず、何があってもイギリスさんは大切なお友達ですから」

大切なお友達、その言葉に胸に広がるくすぐったいような気持ちに思わずさっきとは違う意味で頬が熱くなる。
日本は本当に落ち着いていて、優しくて、立ち振る舞いは静かで優雅で・・・・いい奴だなぁと思う。

「ところでイギリスさん」

そんな風に感動していると、日本が少しだけ子供の笑顔で首を傾げた。
俺も国民の中では幼く見られる事が多いが、元々年齢の判別がし難い東洋系の顔立ちをした日本は更に幼く見える。

「アメリカさんに報復はしなくて良いのですか?」

報復、日本からそんな言葉が出るとは思っていなかったので少し驚く。
けれど、日本は嬉しそうに俺を覗き込んでいる。
普段アメリカに無茶な事ばかり言われているから、日本にも色々と思うところがあるのかもしれない。
今度会ったらアメリカに少し言っておこう。
そんな事を考えている間も日本は嬉しそうに笑っている。

「そうですねぇ、せっかくハロウィンなのですから、イギリスさんもアメリカさんを困らせてやればいいのですよ。
お菓子が無いなら悪戯を、それが嫌なら」

日本はそこで俺の手を引いて立ち上がるように促した。
それに流されるように立ち上がれば、日本は俺の背中に軽く触れる。

「時には甘い言葉の一つでも。アメリカさんは素直じゃないですからね、きっと盛大に困って下さいますよ」

日本はそう言って、俺の体をドアの方へ向けた。
時計を見ればまだ少しだけ時間はある。
いつも嫌味に笑うアメリカを思う、あの顔が慌てふためいて、顔が崩れる様を思えば自然と口角が上がった。

「サンキュー日本」

ドアの方へ歩き出しながら振り返ってそう言えば、日本はにこにこと笑って

「いえいえ、行ってらっしゃいませイギリスさん。御武運を」

なんて言って手を振ってくれる。
俺は本当にいい友達を持ったな、と頬が緩むのを自覚しながらドアノブに手をかけた。










ぱたん、と静かにドアが閉じられる。
その後に聞こえたパタパタと軽いものが軽快に跳ねるような音に、上げていた手を下げた。
どう考えたって、あのアメリカさんが、さっき助言したイギリスさんの行動に対して慌てるなんて思えない、なんて本人には言えないけれど。
むしろあの男なら喜々としてやってのけるだろう。
それとも「君が悪戯?何をしてくれるんだい?」
とか言って慌てふためくイギリスさんをからかうのだろう。
そんな事は手に取るように分かる。
けれど、今回は前者ですかね。
普段ツンデレのツン部分を多く見せるイギリスさんが、素直になる事をなによりも喜ぶ・・・・所詮はお子様ですから。
けれど、今回折角会えるのにイギリスさんの滞在期間が短いと嘆いていた顔は、
きっとイギリスさんには見せた事が無いような表情で、少しだけ、応援してあげたくなったのは事実という事。

まぁ、色々とあの二人にはネタの提供という意味でもお世話になっているので、
自分の立場を使って少しくらいイギリスさんを焚きつけてもバチは中らないでしょう。

そんな事を考えて壁に掛かった時計を確認する。

あの二人がどうなったのか、こっそり見に行かなくては。

・・・・・たまにはこんなのもよいでしょう?





















(了)


と言う訳で、第2弾です。
空気読めなくてすいません。
今回は短く甘くを目指しました!
まさかのにっ様オチですが、これは王道だと思います。
前が仏兄ちゃんの助けがあったので今回はにっ様に助けて貰いました。
米英は可愛いですね、知ってます。
本当になんか場違い感が・・・・でも多分こんな感じで行くと思います。

二人で幸せになればかぁ!

(結城奈瑠)

++++++++++++++++++++++

全年齢対象にしようか!とサイトの方向性を決定したとき
異議を唱えなかったことに今更後悔しています、
い・た・ず・ら・・・!!!
にっ様の漢気にときめきっぱなしです。口車がなんて上手!
にっ様といっしょに悪戯現場をウォッチングしたいです。
こんな可愛い甘い米英はみんなの生あたたかい視線で見守られていればいいよ!
ほんとうにありがとうございましたー!
(たずな)

 


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